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進化はテクノロジーを望んでいる

年末年始に『テクニウム』という変わった本を読んだ。

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?

この本はWIREDの創刊編集長であるK・ケリーが書いたもので、テクノロジーの進化を生命の進化の延長線上にあるものとして捉えた本。生命の進化に"なぞらえる"のではなく、進化の延長線上であるとしたところがかなりユニーク。

テクノロジーそれ自体に進化の指向性があり、テクノロジーは人間が生み出したものだけれど、既に人間の手から離れてテクノロジーそれ自体を進化させるべく進化を続けているというニュアンスのことを指摘している。

こういったテクノロジーの自律的な進化や、テクノロジーもつ進化の指向性、といったものをテクニウムと読んで、生命の進化の延長線上にあることを説明し、その本質を見きわめようというチャレンジをしている本。

かなり面白いが内容はだいぶぶっ飛んでいる。細かいところの議論が雑で根拠薄弱かなと思ったが、一つの思想として面白いかもしれない。

彼は生命の進化の過程で知性が生まれたのも偶然ではなく必然であるとしていて、しかもそれは人間に限るものでもないと指摘している。
カラス、イルカ、ヒト、カリスマ的な知能は鳥、海の哺乳類、霊長類で3度別々に進化したからだ。生命の六界では知能が何度も進化しており、あまりにも度々発生するので知性は必然なのだという主張。

その知性が発展して様々なテクノロジーを生み出すのだが、これも必然性が強いという主張をしており、例として様々な発明(電話や電球など)が同時多発的に別々の場所別々の人間によって生み出されていることや、吹き矢のように、遠く離れた別々の文化圏から全く独立して発明されている*1という事実を持って、テクノロジーの進化にも指向性と必然性があり、一つの方向に収束した形で進化を続けているとする。

生命の進化の果てに知性の誕生があり、知性がテクノロジーを生み出し、テクノロジーはそれ自体を進化させていく。

彼はこれらの主張を生命科学、考古学、文化人類学情報科学、経済学といったあらゆる知識と事実を元に説明してみせる。


非常に興味深い。

だが一方でちょっとオカルトっぽいというか、ニューエイジっぽいなあと思ったら、作者のK・ケリーは元々「ホール・アース・カタログ」*2の編集者でもあったというバリバリのニューエイジの人だった。。

まあでも、とても面白い本なので、読めば何かの刺激を受けることうけあいです。

生命の進化の後ろには指向性があり、知性の誕生は必然で、同じ発現が何度も現れる、なんてまるで神学の本を読んでるみたいだ、って思ったりもした。

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?

*1:吹き矢はアマゾンとボルネオにそれぞれ存在し、全く同じ形態をとっているが、文化的な交流は一切なかったという研究があるらしい

*2:ジョブズがはまっていたというニューエイジ雑誌

『天才たちの日課』を読んだ

天才たちの日課  クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々

天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々

小説家や画家、作曲家などを中心としたいわゆるクリエイティブな仕事をしている人たちの日常をまとめた本。

村上春樹スティーブン・キングゴッホピカソショパンなどの日常が出てくる。

人によって昼型や夜型に分かれていたりするが、大抵の人があるルーチンを持っていて、毎日それを守っているようだ。

毎日測ったように3ページずつ書く人もいれば(例として上がっているのはやはり小説家が多い)、日によってばらばらで、5時間座って一行も書けない日もあったらしい、なんて記述を見るとなんだかホッとする。

軽く読める本です。