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地獄への道は善意で敷き詰められている

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー

2002年の1月頃から2ヶ月間、僕はフロリダにいた。会社の研修センターがそこにあって、僕を含む新卒入社組はJava言語の技術研修を受けていた。
技術研修の方はなかなか面白くって、僕の中のOOPに関する知識なんかは、この時に英語で学んだのが最初なんだけど(今ではその内容についてはほとんど忘れてしまった)、その話はまあいいや。
平日の朝9時から17時まで研修を受けなきゃいけない他は完全に自由だったので、休日はオーランドにある本場のディズニーランドに行ったり、スカイダイビングをしたり、少し遠出をしてクリスタルリバーでマナティと一緒に泳ぐアクティビティをしたりして過ごした。


アメリカの人たちはみんな親切だったけど、入国審査は異常なほど厳しかったし、TVでは毎日軍隊への勧誘CMを流してた。前年の9月11日にアレがあったからだ。
正直言って、不謹慎だけど、アレを最初にみたとき、少しだけ「ざまあみろ」と思った。周りの知り合いに聞いても、やや戸惑いながらも似たような感情を持った人が多かったみたいだ。それくらい、それまでのアメリカは調子にのってた。
でもあの事件はアメリカに相当なショックを与えたみたいだった。研修の講師をしてくれたアメリカ人の先輩たちは、皆僕らと2,3歳しか年が変わらないんだけど、背筋がガタガタ震えるほどのショックを受けてしばらく立ち直れなかった、みたいなことを言ってた。
そんな証言を例に挙げずとも、かのパトリオット法が9.11からわずか45日後に成立した(ってことをさっきWikipediaで知ったけど)ことを考えれば、アメリカ人がいかに正気を失っていたかがわかるとおもう。
余談だけど、今流行のAWSも、パトリオット法の適用対象なんだよね。東京リージョンだったとしても。このことは結構気にしておいたほうがいいように思う。
この『リトルブラザー』という小説を読んだ後なら、なおさらこのことは気にするようになるだろう。


この小説の主人公はマーカス・ヤロウという名の17歳の高校生で、ハッカーだ。XBoxをハックしたり、学校の監視システムを欺いて授業をエスケープしたりする、プログラミングやコンピュータシステムに通じているほかは、至って普通の高校生だ。
彼らの街、サンフランシスコである日ベイブリッジの爆破テロが起き、それっきり世の中は一変してしまう。
国家安全保障局は、テロリストを探しだし、逮捕する目的と称して、街中を監視し、盗聴し、疑わしい人物は秘密裏に拘束して拷問にかけるようになってしまった。ヤロウたちも例外ではなく、爆破テロの日に拘束され、非人道的な拷問にあわされてしまう。
ヤロウたちは釈放されるが、もはや自由の身ではなかった。国家安全保障局は街中を監視しているからだ。


そのことに街の大人たちは気づかない。みな、テロの脅威を排除するには、監視されたり盗聴されるのも当然だ、と考えているのだ。自分たちが拘束され、容疑をかけられるとはこれっぽっちも考えずに。
そこでヤロウたちは、抑圧者たちのために作られた全てを暗号化したLinuxディストリビューションである『パラノイドLinux』をXboxの上に載せた『パラノイドXbox』を使い、信用のおけるメンバー同士で鍵交換を行い、"Xネット"と呼ばれる自由なネットワークを構築し、そこでお互いに連絡を交換しながら、国家安全保障局から自由を取り戻す活動を始める。


この本が出版されたのは2008年。これは"アラブの春"の予言だ。政府が弾圧し、ハッカーたちが技術を駆使してそれに対抗し、抑圧者たちの横の連携を作っていく。同じ構図なんだ。
そして同時に、全てが共有され、相互に監視される高度情報社会に対する警句でもある。
SNSアラブの春のような奇跡を生み出した、だが、彼らが作ったシステムが権力者の手に渡ったら? 逆に、彼らがその力を不当に利用するようになったら?


アメリカらしいなと思うのは、作中で主人公が独立宣言を引くところ。

"政府は、統治される人々の合意に由来する正当な権力にもとづいて、人民のうちに樹立される。いかなる形態であれ、政府がこの目標に反するようになったとき、人民は、政府を改め、または廃してあらたな政府を樹立し、もっとも安全と幸福をもたらしてくれそうな原理をよりどころとし、もっとも安全と幸福をもたらしてくれそうな形で権力を組織する権利を有する"

大人や、アホな優等生が「秩序のためなんだから監視されるのも当然だ」みたいなことを言う中、ヤロウたちや、良心ある教師は、授業の中でこの文を引いて、政府は間違っていて、自由を取り戻さなきゃいけない、と主張する。
そのつぎの日にはその教師は学校をクビになってしまうのだが。。


ヤロウたちがどうやって国家安全保障局および政府と闘い、自由を勝ち取っていくかは是非小説を手にとって読んでみてほしい。ヤングアダルト向けに書かれた青春小説でもある本書には難しいところもなく、現代ではありふれたガジェットやテクノロジーが山盛りで出てきて、とても面白い。


そして、僕達が普段、どれだけの個人情報をダダ漏れさせているのかについて、そして、いつか悪意を持った人間がこの情報を、力を手に入れた時、世の中がどうなるのか、その時ヤロウたちはどう闘ったのか、について思いを馳せてみてほしい。


リトル・ブラザー

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